top of page

きみの家族に会いに行く日

 三日前に言うなんて、いくらなんでも急すぎやしないか…
「ねぇ八戒、今週の土曜、家族に挨拶に行きましょ。14時に駅前ね」
 昨夜、僕のアパートで夕飯を食べている時。彼女の花喃が満面の笑みでそう言ったのだが、僕は意味が分からずにただ黙って彼女を見つめた。花喃は可愛らしく小首を傾げてみせる。
「挨拶って…」
「挨拶は挨拶よ。よくあるじゃない。私たち付き合ってます、って」
「それは分かるけど…ちょ、ちょっと待ってよ花喃…」
「何か問題あるの?」
「問題っていうか…こ、心の準備が…」
 彼女はそういうと両手で僕の頰を挟んで、
「だーいじょうぶよ!あなたは何も心配しないで、私に任せて」
 そう言われても…
 彼女の唐突さは今に始まったことじゃない。でも、将来に関わる大事なことは二人でちゃんと話し合いたいし、僕だってそれなりに考えてることだってある。というか、ご家族には話してあるのだろうか…いや言っていないだろうな…。
 花喃が自宅に帰った後、僕は毛布にくるまりながらひとり不安にかられていた。なんせ人生で初めてのことだ。家族に挨拶…ドラマや小説とかでよくあるあの場面…花喃とはもちろん結婚するつもりで付き合ってはいるけれど、こんなに早く試される時がやって来るなんて。
 僕は花喃がこれまでに話してくれたご家族の話を、必死に思い出していた。頑固なお父さんが出てきて、門前払いでもされたらどうしよう。兄弟がいるって言ってたな…「少しヤンチャだけど優しいのよ」ってこないだ言っていた気がする。ヤンチャって…いわゆるそういうことなのだろうか…。あと居候がどうとか…。止まらない堂々巡り。
 花喃は家族が大好きだ。普段からよく話をしてくれるし、その時の彼女はとても楽しそうな顔をする。大好きな家族に囲まれて、とても愛されて育ったんだなと、僕はそれだけで嬉しかった。と同時に、そうやって笑って話せる家族という存在を少し羨ましく思ったりもした。
 そんな彼女のご家族だから、僕のこの不安はただの取り越し苦労なのかもしれない。
 そうだ、明日また花喃に聞いてみよう。きみの家族のこともっと教えて、と。

 駅前で待ち合わせた僕らは、まっすぐ続く賑やかな商店街をおよそ10分ほど進んだ。その間にも花喃は、
「ここの喫茶店はたまに行くの。店員が無愛想だけど、味は確かよ」
 だとか、
「あ。ここの電気屋さんの息子さんとウチの弟が仲良しなの」
 などと楽しげに教えてくれた。
 商店街を抜けて少し歩いた先の、瓦屋根が立派な一軒家。庭の塀から大きな木が頭を覗かせているのが見えた。
「ここよ」
 その言葉に、急に顔が引きつった。いよいよか。ひとり緊張する僕に構わずぐいっと引っ張るものだから、思わず足がもつれてしまった。うまく、やらなければ…。
「ただいまー!」
 よく通る花喃の声に引き寄せられるように集まりだす面々。走ってやってきた元気な弟さんは花喃と仲睦まじく談笑している。お父さんは、ずっと黙ったまま。赤い髪の方は…お兄さん?
「はじめまして、猪八戒と申します」

  • さえずり

©2020 by DLMS  Wix.com 

bottom of page