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月への便り
お師匠様。
恭敬 近頃は吐く息も白く、風は身を切るようです。雪の報せもまもなくでしょう。
この季節は、どうしても爪先や指先が冷えていけません。ご存知の通り法衣はさほど厚くはないものですから、あの寺から持ち出した懐炉が役に立つ日々です。古びた品ですがよく暖まります。・・オイルの補充が、少々面倒ですが。
それから、西域のある街で貰い受けた毛布が意外と役に立ちます。長安ではまず見ない模様で、鮮やかな色で編まれているのです。これはまた派手なものだと、貴方は仰るのでしょうか。
私はまた一つ年を取りました。
三蔵の名を頂いて久しい筈ですが、幾ら民に有難がられようと、手を合わせて崇敬されようと、むず痒さが無くなる事は一向にありません。正直放っておいて欲しいものです。
そして幾ら時が過ぎようと、 貴方がその肩に背負っていた重さを分かったような気にもなれません。それどころか、私は今でも貴方のようになりたいと、背中を追い続ける日々です。
しかし、私が玄奘三蔵として私だけが背負うものがあると。私には私の信じるものがあるのだと。そう思えるようになった事が、唯一あの頃から進歩した点なのかもしれません。・・開き直りと言われれば、それまでですが。
貴方から見たら、私もまだまだ子供なのでしょうね。
聖天経文の手掛かりは未だ掴めておらず、三蔵の名そして経文を継承せし者として極めて情けなく、忸怩たる思いでおります。
しかし必ずや、この手に取り戻す所存です。
今日も空気が澄んで、空は橙色がとても映える青です。
役目を終え、心穏やかに紙飛行機を飛ばす事ができるのは、もう少し先のようです。
お好きな煙草を嗜みながら、どうか見守っていて下さい。
私はまだ旅を続けます。
貴方が眠る場所にて、必ず良き報せが出来ますよう。
第三十一代唐亜玄奘三蔵 九拝
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