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​ちからのうでわと命のかみかざり

 天蓬は悟空に文字の読み書きをはじめとして様々な教養を授けているが、悟空はその頃、摘んできた花で何かを作る事に夢中になっているようだった。金蟬に作ってあげるんだ、哪吒に持っていってやるんだと、毎日のように没頭していた。その様子を見て金蟬なんかは「器用なもんだな」と感心していたが、捲簾については「花にも大事な命がある、それだけは忘れんな」とやさしく語りかけた。一瞬しょげた様子を見せた悟空も、捲簾のあたたかい大きな手に頭を撫でてもらうとすぐに笑顔を取り戻した。

───あれ。魚を釣ってきては嬉しそうに焼いて食べているのは、どこの誰でしたっけねぇ。

 天蓬は喉まで出かかった言葉を飲み込んで、新しい煙草に火をつけた。
 絵本を読んであげていると、登場人物の心が大きく揺れ動く場面で悟空はよく涙する。痛いだろうな、かわいそうだな、辛いだろうな、と言いながらそのちいさな瞳からぽろぽろと。
 人の気持ちになれるんですねと、それを宥めるのは特に珍しいことではなかった。
 大丈夫ですよ、悟空は。
 主人公が顔のパンを子供に分け与える絵本を特に好いている。それも彼らしいなと、ふと思った。


「"下界への亡命"───それが我々の要求です」
 そう宣言した最後の夜。あの時そんな話もしたなぁと、天蓬は物思いにふけっていた。捲簾に、覚えていますかと話を始めたは良いものの、何の話だよとどやされてふと頭をよぎったのがあんな会話だった。
───きっと貴方は覚えていないでしょうね。…特に花を愛でる貴方だからああやって教え諭したのか、聞いてみようかと思ってましたけど、いつの間にかここまで来てしまった。もう謎は謎のままにしておきましょう。

 命。それは謀反人である自分達にはもはや保証のないものになった。
 咲くも自由、散りゆくもまた自由。やがて来る朝を思い、わずかに張り詰める空気。そこにノックも無しに入ってきたのは金蟬と悟空だった。眠そうな様子を見せる幼子はグイッと自身の目をこすると、みんなはいなくなったりしないよな、と問うてきた。
 捲簾が指きりをしようと言う。そうやって気の利いたことを言ってくれるお人好しの性格が、癖が、こんな時でも変わらないことに、天蓬は少しやるせなくなった。

「あと、これ・・」
 おずおずと、悟空は花で作られたふたつの飾り物を差し出した。

「・・だいじな人に、だいじな時にあげようって、思ったから・・」
「これ・・悟空が作ったんですか?」
「うん」
「すげぇな、キレイじゃん」

 捲簾は笑いかけると、目の前の金髪に視線を寄越した。
「…あれ、金蟬のはそれか?カワイイじゃねーかぁ!めちゃめちゃ似合ってるんですけど!」
「うるせぇ…!だから今付けていくのは嫌だと言ったんだよ!」
「まぁまぁいいじゃないですか、いつもより数段かわいいですよ。ありがとうございます、悟空」
 朝が来たら戦いが始まるなんて信じられないなと、天蓬は白み始める空を見上げた。


 朝焼けが眩しい。花飾りを黒髪に留めようとするその手があまりにおぼつかなくて、捲簾が代わりに留めてやった。
「ほらよ、いっちょあがり」
「似合います?」
「おう。バッチリだ」
「貴方も攻撃力が100上がりましたね」
「なんだそりゃ」
「下界のロールプレイングゲームという遊びですよ。剣とか鎧とかを装備して戦うんです」
「…あぁ、こりゃあ最高の装備だぜ」

 腕輪を模し、左手首に結ばれた花飾りを捲簾は満足そうに眺めた。
 少し強い風。煽られて舞う桜。辺りが少し霞んで見えたので、天蓬は眼鏡を少しずらしてみる。自らの目で見る太陽は思いのほか生命力に溢れていたものだから、なんの皮肉かと少し表情を緩め、残り少ない煙草をくわえたのだった。

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