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ミツオとリョースケ


 

 『宮城がアメリカから帰ってくるまで待ってた』という三井サンから好きだと告げられ、実は同じ気持ちだったオレが頷いたのが大体一年ぐらい前。それから半年後、都心からも横浜からもアクセスの良いエリアに部屋を借りて一緒に暮らし始めた。

 三井サンは付き合ってからすぐにでも同棲したいって勢いだったけど、焦んなくてもオレ逃げないからまだ待ってと言って説得した。その間、ふだんは調べ物なんてダルいと言うくせに、オートロックは高えな、やっぱり駅から徒歩一五分ないほうがいいよな、とか頼んでもいないのにやたらと物件を見せてきては『早く暮らしたいアピール』を事あるごとに仕掛けてきた。案外かわいいトコあんじゃん、と可笑しくなって思わず吹き出したら、

『これでも真剣なんだぞ、笑うな』

 とマジメな顔で言うんだからこの人は本当にずるい。

 オレらの生活は順調だ。たまにケンカもするけど、高校時代の自分に言っても信じないだろうってぐらいお互い助け合って暮らしてるって感じだ。三井サンがいる暮らしは純粋に楽しい。よくある言い方をすると、まあ、シアワセだ。

 ただひとつ問題があるとすれば。

「なあリョースケ、今週の土曜にアンナ来るんだろ? 晩飯何がいいか聞いといて」

 リョースケとはオレのことだ。いや、オレはリョータなので厳密に言うとオレじゃない。何を言っているのかわからないと思うが、三井さんは一応オレに話しかけていてオレもその呼び名になんのためらいもなく反応している状態だ。

 一方でそんなオレも、

「ミツオさーん、そこに干してあるの乾いてんでしょ? 畳んどいて」

「おう、まかせろ」

 とまあこんな感じだ。

 そう、オレたちはまだ、お互いを下の名前を呼べないでいる。

 だって、あんだけ一緒に戦ったチームメイトだったとはいえ先輩後輩期間のが長いし、元々すげえ仲が良かったワケでもねえしさ。アダ名みたいに呼んでごまかしてるってワケだ。

 単純に、照れくさいんだよ。

 一度『おいコラ、ミツイミツオになっちまうだろーが』とツッコまれたこともあるけど、今のところこれで押し通してる。言いやすいし。

 三井サンがどうしたいと思ってるかは知らないけど……ってかアンナはアンナなのにオレが名前呼ばれてないのはおかしいよな。しかもリョータのほうがリョースケより短いだろ。しかし人のことは言えない。

 はー、アンナに聞かれたらメンドクセーことになるかも。どうしよ。

 

 

 晩飯のあと。風呂で温まった身体とソファの心地よさのせいか、リビングで寝落ちたことに気付く。ついさっきバスルームから出てきたんだろう、三井サンの足音が近付いてくる。寝起きの気怠さとちょうど良く沈み込むソファの快適さもあって、もう少しこのままでいたい。

「おーいリョースケぇ、寝たのか? ったく、テレビつけっぱだろーが……」

 あー、それはゴメン。でも起きるのめんどいからベッドまで連れてってよ。

「おい、ちゃんと布団入れ」

 このまま寝たフリを決め込もうとしたけど、その次に三井サンから聞こえてきたのはオレが一ミリも予想していなかった言葉で。

「……寝んな、リョータ」

 耳元で。ちょっと待て、なんで今。しかもそんな声で。そんなの反則じゃん!

 心臓が、心臓がうるさい。頼むから静まってくれ。

 それから三井サンはアームレストに腰掛けてオレの髪を撫でながら、リョータ、と何度か声に出した。他の誰から呼ばれてもなんとも思わないのに、このヒトから呼ばれるそれはオレの体温を勝手にぐぐっと引き上げる。やかましい心臓も、落ち着く気配がこれっぽっちもない。

 ああもう、意味わかんね! なんなんだこのヒト!

 この心臓の音が、どうかバレていませんように!

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