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ハイライト

 無事に終わりましたよ。みんな、遠路はるばる来てくれてましたね。あなた、あんなに友達多かったでしたっけ。まぁともかく、僕は少しほっとしています。
 もう二年も経つだなんて、なんだか信じられませんね。あまりにやる事が多すぎて、落ち込む暇すらありませんでした。
 今日ね、あなたの煙草の匂いがしたんです。誰だったかな、あぁそうだ、二軒となりの本屋さんのとこの息子さんでした。久しぶりにお会いしたので、少し話したんです。春に子供が生まれるそうですよ。だからもう煙草はやめるって言っていました。結婚式に呼ばれたのおぼえてるでしょう。新郎と一緒に泥酔した大の男を抱えて家に帰ったことは、一生忘れませんからね。僕がいつかあなたのところにいったら、その時またしつこく掘り返してさしあげますから。
 そう、煙草で思い出したんです。昔の話をしてもいいですか。
 夜にお店を閉めて家に帰った時、いつも居間からあの匂いがしていました。玄関にいてもすぐわかるぐらいでした。あなたがいるのかなと思って覗いたら姿がなくて、そうしたら台所から空き缶を持ったあなたが、おう、とか呑気に言うんですよね。それで僕が、空き缶を灰皿にするな、って怒る。もう死ぬほど繰り返しましたけど、死ぬまで治らなかったですね、あなた。小学生のほうがよっぽど素直で賢い。
 煙草なんて、本当は身体にもよくないし、やめてくれないかなぁなんて思っていました。でも、堪え性のないあなたが禁煙なんてできるとは思えないし、勧めたところで聞く耳も持たないのはわかってましたから、僕は言いませんでした。
 それに、僕はあの匂いがすきだったんです。
 台所で皿洗いをしていても、居間で店の仕事を片付けていても、なんとなく漂ってくるあの匂いは、僕を安心させました。だって姿を見なくても、わかるから。
 だから今日も、あなたが帰ってきたみたいで僕はうれしかったんです。
 あの頃の僕らは、隠し事ばかりの生活でしたね。たとえば、あなたの部屋で夜を過ごしたら、家族が目覚める前に隣の自分の部屋に帰る。そして、何事もなかったようなフリをして、家族におはようと言う毎日でした。カーテンを少しだけめくってみても、まだ夜が明けてもいないような頃です。
 真っ暗な部屋で目が覚めて、あなたを起こしてしまわないように僕はそろりと起き上がるんです。でも、いくら頑張ってみたところで、あなたはこういう時だけはちゃんと起きてしまって、しっかりと僕を自分の腕のなかにしまい込んだものでした。
 そうすると、あの匂いが僕のものになるんです。
 僕のとてもすきな匂い。まだここでまどろんでいればいいって、僕を離そうとしないあなたの。
 その匂いに包まれていたいくつもの朝を、僕はいつだって思い出せる。
 あなたがそこにいて、あなたの匂いがするほんのちいさな一瞬は、しずかに、ひそかに、でもたしかに僕の中にある。どんなにさびしくて悲しくて、一人つらい記憶に埋もれてしまいそうになっても、きっとすぐに拾い上げられる。
 それでまた生きていけるって、思うんです。

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