順調そうだな
ケイトと別れてからの俺は、まさに使い古したボロ雑巾だ。
大事なテスト範囲の重要単語も右から左に流れていくし、寮の仕事も溜まってきていいかげん片付けないといけない(リドルとの会議中にまったく話を聞いていなくて、あやうく首を刎ねられそうになった)。
しばらくキッチンにも行っていない。腕がなまる気もするが、いざ何か作ろうとしても本当にダメなんだ。
ベーコンとほうれんそうのキッシュはケイトのお気に入りだった。アボカドとチキンのモーニングサンドはケイトにせがまれてよく作った。お前に食べてほしくて改良に改良を重ねた甘さ控えめの塩チョコクッキーは、オレ好みの味と言って残さず平らげてくれたし、そのあとも部活に持っていきたいからと何度か作った。
俺の作るいろんな料理には、すべてケイトがいたんだ。
恥ずかしい話だが、部屋に戻ってひとりになると、悲しくなってたまに泣いたりする。ケイトが恋しくてしょうがない。今どこにいて何をやってるんだろうっていつも考えてる。外泊届が提出されれば必ず俺を通るし、あとはマジカメさえチェックしていれば大体の行動を把握することは簡単だ。簡単、なんだけど。
お前が俺の隣にいないなんて、これっぽっちも信じられないんだよ。いるはずのケイトがここにはいなくて、その静けさに慣れなくて気持ちが沈む。溜息ばっかりついてる。
それに比べて。
お前は順調そうだな。こないだマジカメにアップしてたやつがとんでもなくバズってたし、そのおかげで『フォロワーOOOO人ありがとう』なんていうハッシュタグをつけてたな。
しかもだ。小耳に挟んだんだが、他校の彼女ができたってのは本当なのか。
なぁケイト。嘘だと言ってほしい。どうかただの噂だって、そう言ってくれよ。お前はこんなにも早く、俺のことなんかキレイさっぱり忘れたっていうのか? 俺がいなくたって、ちっとも寂しくなんかないっていうのか。
もしかして、付き合ってた頃からこんなに好きだったのは俺だけだったのか?
移動教室や寮の廊下ですれ違うお前はびっくりするぐらいいつも通りで、俺たちはまだ別れていないんじゃないか、何もなかったんじゃないかって錯覚するぐらいだ。
俺が誰かといる時、普通に声をかけてきたりもする。ただ、寮のことをケイトに頼まざるを得ない時にその礼を言うと、
「水くさいなぁ、オレら友だちじゃん!」
友だち、という響がぐさりと刺さる。俺とお前は友だち。
あぁ、わざとなんだってわかってる。今の俺にとって攻撃力の高い言葉だとわかって使ってるんだろう。そしてまぶしいぐらいに笑うから、なおさら奥深くまで突き刺さって抜けない。いや、刺さるどころじゃない。ブレンダーに放り込まれて切り刻まれてるか、『映える』ケーキトッパーで串刺しになった気分だ。
引きずっているようなそぶりをまったく見せないお前が、うらめしく思えてしょうがない。なんでなんだ。なんでそんなにすぐ切り替えられるんだ? 俺がおかしいのか?
俺はもう、お前にとって過去の男になっちまったのか?
あぁ、ケイト。俺の頭は四六時中ずっとお前のことばっかりで、もうどうしようもない。
もしかしたら、お前にとっての俺は随分前からちっぽけな存在だったのかもしれない。恋人として何かが足りなかったのかもしれない。お前はしあわせじゃなかったのかもしれない。
そう思うと目頭が熱くなる。弱気にもなる。
でも、俺は少しも諦めない。しつこいと思われようが、どうにかしてお前を取り戻したい。お前がもう離れたくなくなるように、しあわせだって心から思えるように、恋人として最大限努めるつもりなんだ。
ん、今度は寮生に絡んでる。距離近すぎなんじゃないか。俺がいるって知っててやってるよな。……だんだんムカついてくる。
けど、誰よりも何よりも最高にかわいくて、恋しくてたまらなくて。隣で一緒に笑っててほしいのはケイトだけなんだ。何度も言うが、俺はお前が好きで好きでしょうがないんだよ。
あぁもう、本当にムカつくな。