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こぼれるほどの愛をささやこう
ゲーラがプロメポリスに滞在していた数日間の、二人で過ごした記憶が次から次に語られる。あれが楽しかった、また行こう、今度はあれをやりたい…しかし駅までの道中、徐々にその口数は減り、少しずつ寂しげな表情を見せ始めた。分かりやすい奴だ、とメイスは沸き上がる愛おしさを押し殺さんと奥歯を噛んだ。
西の街の復興作業に駆り出され、長期赴任しているゲーラは数ヶ月に一度、恋人のもとに帰って来る。たった数日間の、束の間の逢瀬。朝に弱いメイスを叩き起こして街に繰り出す日もあれば、愛を交わし身体を重ねるだけで終わってしまった、なんて日もあった。ふと目を覚まし窓の外に見えたのが赤く傾いた太陽だったことに、いくらなんでも、と額を付き合わせて笑ったのは確か二日前のことだったろうか。
駅での乗車手続きを終え、改札を通ろうとするさなかだった。流れるアナウンス。それはゲーラが乗車する列車の遅延を淡々と告げた。
「…のに」
「ん?なんか言ったか?」
やや俯いて、頬にかかる赤い髪。
「このまま、止まっちまえばいいのに…」
決して素直とはいえない恋人の、精一杯の主張だった。
「…二度と会えないワケじゃねぇんだ。そんなツラすんな」
「ん…」
あと数ヶ月、それまでの辛抱…切なげな恋人への言葉は、自分へ言い聞かせるそれでしかなかった。
改札の向こうで手を振るゲーラを見送って、一人来た道を戻る。さっきまで感じていた隣のぬくもりは、また数ヶ月先までお預けだ。冷気をやや含んだ風に、メイスはコートの襟を寄せた。
止まってしまえばいい───無論、メイスも同じで。
辛くないといえばそれは嘘だ。こんな夜をいつまで超えればいいのかと、彼方の恋人を思い眠れぬ夜は数知れない。しかしこれは永遠ではないのだと、自らに言い聞かせ励ます。そして二人で生活を共にする様を思い描いたりするのだ。メイスなりのささやかな抵抗だった。
ふと遠くから響いてきた声。自分の名前が聞こえる、のだが。
あり得ない…───。
振り返った先にあったのは、まさにそのあり得ないはずの姿で。
「な…!ゲーラ、お前なんで…」
「俺、一日勘違いしてた!さっき予定確認したらよ、休み明日までだったわ」
へへ、と照れくさそうに笑う彼に、メイスは何も返すことができない。
また明日になれば、彼はまた遠くへ行ってしまう。寂しさが互いの身体を覆うだろう。ならば今日は、これでもかというぐらいに愛をささやこう。もういい、恥ずかしいと顔を赤くして拒んでしまうぐらいに。二人が超えねばならぬ再会までの孤独など、微塵も感じさせないぐらいに。
どうしようもなく溢れてくる感情を抑えなければいけない理由は、もうなかった。
「…も、もう一日、一緒にいてくれるか?メイス」
答えもせず、そして人目もはばからずに重ねた唇。それはそれは燃えるような、熱いくちづけだった。
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