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なんでもない日
トレイくんとデートする時は、だいたいこの駅のカフェで待ち合わせすることが多い。ここは二階だから、改札を通って階段を降りてくる人たちがよく見える。それを眺めてぼーっとするのが好きで、いつも待ち合わせの時間より早めに来る。小走りで急ぐサラリーマンもいれば、楽しそうに笑い合いながらゆったり歩く女の子たちもいる。あ、あの真っ赤なヒール履いてる人、姿勢がいい。きれい。
いろんな人がいるよな、と思う。服装も髪の色も、出身地も、何から何まで。きっとここを行き来する人たちについての共通点を探そうとしたら、生きてること、みたいなそんなレベルの話になると思う。オレたちの学校だって多分そうだけど。一般人から王族まで、スーパーモデルから魚類まで。ちなみにハーツラビュルで輝石の国出身ってオレ以外にいるのかなぁ。そう考えるとなんだか不思議だ、あそこに通ってなかったら、薔薇の王国から来たトレイくんとも知り合うことはなかったわけだし。多分。
スマホが鳴った。『いま着いた』トレイくんからだ。カフェオレももうすぐなくなる。ちょうどいい。
「お待たせ、ケイト」
そう言ってオレの肩に手を添えながら現れたトレイくん。あ、このシャツ見覚えある……ってこないだ一緒に選んだやつじゃん。
「あれぇ、トレイくん今日なんかオシャレじゃない? そのシャツどしたの」
「あぁ、これか? とある人が選んでくれてな。いいだろ?」
「へぇー、似合ってる。それ選んだ人センス良くない? どこの誰だろうね?」
そこまで言って、ばか、と笑う。ばかだねオレら。
手元のドリンクに目がいった。マジカメで最近よく見るフラペチーノ…季節のフルーツを使った今年の夏の新作だ。アップする機会ないかなぁって思ってたんだよね。
「あ、映えじゃん。撮らせてよ」
一枚。ついでにひとくち。わ、やっぱ甘いや。くしゃくしゃな顔をしたオレはきっとなかなかにブサイクだったと思う。トレイくんはそんなオレを見て笑ったかと思うと得意げにストローを吸い込んで、あぁ美味しい、とこれみよがしにニヤニヤしてる。はいはい。
店を出た時、オレたちの前にいるカップルがちょうど手を繋いだ。トレイくんと付き合って数ヶ月になるけど、オレはああいう風に人前で手を繋いで歩くなんてことは、未だにできない。なんか、恥ずくて。誰もいない薔薇の迷路とか、夜の談話室なんかではこっそり繋いだこともあったけど。恋人、っていう響きがまだむずがゆいのは、いい加減慣れたほうがいいかな。関係性につける名前なんて会社とか学校の肩書きみたいなもので、あくまで世間でいうところのコレ、みたいなものでしかないと思ってる。でも親友だったら、好きだよ、なんてことも言わないし互いのベッドで抱き合って寝たりもしない。キスもしないしセックスもしない。感覚はアップデートしていかないといけないのか。
ふと、奪われた左手。さっきのカップルをなんとなく目で追ってたことに気付いたんだろうか……だとしたらなおさら恥ずいでしょ……思いのほかしっかり握られて、オレはいかにも動揺してます、というリアクションでしか返すことができなかった。絞り出した声がせめてもの抵抗。
「ちょ、な、手!」
「別にいいだろ、付き合ってるんだから」
それ、真顔で言うこと?
オレは観念して、その大きな手に包まれながらも伸ばしたままだった指をゆっくりと強く握り込んだ。
あぁもう、映える雑貨屋はもう少しあとでいいよ。このまま、ちょっと歩いてからにしたいから。
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