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結婚願望レベル1
あいしてる、なんて言わなくなるかもしれないけれど、だからといって嫌いになったワケじゃない。
結婚ってのはそういうもんらしいよ。知らないけど。
「結婚、したいのか」
薔薇の色ぬりの休憩中、オレのつぶやきにトレイがそう問いかけた。なんか、すごく言葉を選んでる感じで。
「いや、そういうワケじゃないんだけど……いやさ、なんかのネット記事に書いてあったのを思い出しただけ」
二年の終わり頃から付き合い始めたオレたちは、たまに喧嘩したりもするけど今んとこうまくいってる。デートもするし、それなりにやることもやってる。青春真っ只中だしね。
でも付き合ってることは秘密。誰にも言ってない。同級生やリドルくんはもちろん、エースちゃんやデュースちゃんのようなよく絡む後輩たちにも。理由は……まぁ別にこれといってないんだけど、いろいろめんどくさいのヤだし。(トレイは別に言ったっていいって言うんだけど、オレがダメって言ってる)
「そうか……俺は結婚したいけどな」
「誰と?」
「お前に決まってるだろ」
「え?」
思わず大きな声が出てしまって、ハッとして自分の口を手で隠す。辺りを一応見回してみるけど、すぐそこでマジカルペンを振ってる二年とか、向こうでせっせと頑張ってるエーデュースちゃんたちにこちらの話が聞こえているはずもなく。はー、焦った。
てかお前そんなこと思ってたの? オレ知らなかったんだけど。言ってよ。余計なことばっか言うくせにほんとそういう大事なこと言わないよね。そう反論すると、恥ずかしいだろと真顔で言って自分の行動の正当性を主張して来た。じゃあ今は恥ずかしくないのかよ。
オレさ、コイツのことマジで謎なんですけどって思うことけっこうあって。
トレイは普段オレに対して「かわいい好きだあいしてる」なんていういわゆる恋人に向けがちな言葉を発することがまずない。でも、何かのきっかけでそういうスイッチが入ると、そりゃあもうすごい。止まんない。
ケイト、すきだ。本当にかわいい。あいしてる。しあわせになろうな。ずっと俺の隣にいてくれ、ケイト。
……酔っ払ってんのかって思うよ。
どんな時にそうなるのかっていうとそれは様々で、オレがリクエストしたキッシュを作ってる最中とか、食堂で一緒に夕飯食べてる時(ただし近くに誰もいない時に限る)とか、オレがマジカメに写真をアップし終わるのを待ってる時とか。あとはまぁ、セックスの最中なんかもあるかも(もしかしてこれが俗にいう言葉責めいたいなものなの? オレにはまったくそうは思えないんだけど……)。何がきっかけになるかっていうのは全然解明できてない。世界の超常現象とかUFOなんかより、オレにとっては最大のミステリーなのだ。
「え、じゃあさ、ヒマつぶしにどんな結婚生活したいか教えてよ」
「別にヒマなわけじゃないんだが……」
トレイは赤いペンキの入ったバケツに目をやる。あぁ待って、ちょっとだけだからさ。そうやっておねだりするフリをすると、しょうがないなと言って大げさに溜息をつく。話を聞くつもりになってくれたみたいだ。オレにとっては、この薔薇の色ぬりをもうちょっとだけサボれれば正直なんでもいいんだけど。
「で、どんな結婚生活を想像してるワケ?」
「どんな、って……いや別に普通だよ」
出た。出たよ、普通。言っとくけどお前、自分のこと普通だよとか言うけど全然普通じゃないからね。自覚ないのマジ厄介。普通のヤツは歯磨きで人の口の中チェックしたりしないし恋人の誕生日に歯ブラシプレゼントしたりしないし、ヒトの秘密をみんながいるパーティーでバラしたりしないから。
ラチがあかないので、逆にこちらから具体的な質問をしてやろうと思う。記者会見に詰めかける報道陣みたく、マイク代わりににマジカルペンをトレイに向ける。
「理想のフウフ像は?」
「そうだな。うちの親がそうなんだが、いくつになっても仲がいいっていうのはいいな」
全然照れもせずに自分の親のこと褒められるのってすごいわー……オレなら無理。
「じゃあ、結婚生活に大事なことはなんだと思いますか?」
「『思ったことは溜め込まずにはっきり言う』なんてのはどうだ?」
「いやオレに聞かないでよ」
「しょうがないだろ、俺がお前と結婚したいんだから」
「……そりゃど〜〜〜〜も」
すると、くたびれた様子で後輩たちがこちらに近付いてきた。わぁ、ペンキで寮服汚れてんじゃん。白だから目立つよ?
「先輩たち、なんの話してるんスかぁ? こっちはもうクタクタっスよ〜」
「老後について」
「はぁ?」
「はは、嘘はついてないぞ」
トレイからなんとか聞き出そうとカマかけるエースちゃんと、頭上にクエスチョンマークが浮かんでは消え浮かんでは消えのデュースちゃん。コイツのことだから頑張っても教えてくれないと思うけどね。
「ところで色ぬりは終わった? オッケーなら寮に戻ってお茶にしよーよ!」
元気のいい肯定の返事が返ってきた。やった。赤く塗るとこ全部やってくれたんだね、ラッキー!
寮に向かって先に歩き出した後輩たちを追って、オレらも腰を上げる。オレのズボンについた短い草をはらうトレイ。こら、どさくさでケツさわんな。
……うーん、あんまり深掘りはできなかったなー、けどたまにはこういう話も悪くないかもね。そう
思ったら急にぐいっと腰を引き寄せられた。トレイの身体と密着してる。なに、いきなり。
トレイは少し屈んで帽子でふたりの顔を隠すと、影になったその中でオレの唇をうばった。
「……っ!」
どれぐらいふれていたのかはわからない。こんなところで何してんだ。抵抗の意味をこめて、両肩を押して互いの身体を引き離す。
「ばっ……ふざけんな……っ、バレる……!」
周囲を警戒して小声になるオレにトレイは、
「責任とるからさ」
真っ赤になるオレをからかうように、いや、半分本気みたいにそう言って、めちゃくちゃ憎たらしい顔で笑った。
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