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give me some sugar

 変な夢を見た。制服のまま、海に放り込まれる夢。
 海の水がどんどん口の中に入ってくる。すごく甘い。手足をバタつかせてもどうにもならなくて、そうこうするうちに全身が飲み込まれていった。
 なぜか目を開けることはできたんだけど、広がる光景にオレは自分の目を疑った。クラゲみたいにふよふととたくさん浮いてるのはショートケーキの上に乗ってるような生クリームで、ミルクレープみたいに縞々模様の魚の目はアラザンだ。つぶらな瞳はどこを見てるのかわからない。その魚は口から真っ赤なストロベリーシロップを吐いたから、オレはそれをまともに受けてしまった。海水よりも強い、どぎつい甘さ。
 すこし遠くに、泡立て器で起こしたような渦が目に入った。巻き込まれたら、やばい。オレはめちゃくちゃに手足を動かしてみるけど、やっぱり思うように動かせない。やがて渦はすぐ近くまでやってきて、避けきれずに周りの貝や魚や海藻なんかも全部巻き込んで、もうなすがまま。粉々に砕けてたのは、白いマカロンの貝だった。
 海面まで巻き上げられて顔を出した時、すぐ近くに運良くボートを見つけた。いわゆる筏。簡素な作りだけど茶色くて頑丈そうなやつ。泳ぎともいえない泳ぎでそれにたどりついて、掴まる。ぬるっとした感触にびっくりして自分の指を見ると、なんとなく粘り気のある液体がついてた。チョコレートだ。よく見ると筏の表面はよくある板チョコの模様になってる。これ、乗れるのかな。とりあえず乗っかってみる。溶けたチョコが制服についちゃうけど、もうびしょ濡れだしこの際どうでもいい。オールはないから手で漕ぐしかないかな。もしオールがあったら、何で作られたオールだろうかと考える。我ながら順応が早いと思う。クッキーかな。座ってる部分だけ、さっきよりもやわらかくなってる気がする。
「わ!」
 案の定、すこしずつ溶けていた板チョコの筏は重さに耐え切れず、真っ二つに割れた。オレは今度こそ沈んでいく。さっきよりも速いスピードで。
 いろんなものが通り過ぎていく。コーヒーゼリーでできたイルカ、カヌレの岩に同化していた甲殻類がどこかに泳いでいった。クリオネの赤いのは多分、ラズベリー。
 海の底で、カラフルなフルーツに両足を挟まれた。フルーツといってもすごく硬くて、重い。オレは浮かび上がることができない。息ができない。モンブランの細長いペーストが腕に巻きついてきた。完全に身動きが取れなくなってしまった。海面を見上げると、薄いブルーのソーダ水みたいだった。きれいだなぁって思いながら、目を閉じた。だけどちっとも怖くなかった。
 オレはとてもしあわせな気持ちだったんだ。


「おはよう、ケイト」
 もう起きてたの。珍しいじゃん。隣で笑うトレイの顔を見ながら、ふと考える。
 その眼鏡は飴細工じゃないよね。髪はピスタチオ味でもないし、瞳はレモン味のなにかじゃないよね?
 思わずその頬に手を伸ばす。
 ──ちゃんと、さわれる……
 溶けたり欠けたりしないことに、安心する。トレイはすこし驚いたような顔で見つめてきたあと、静かにオレを抱き寄せた。
 もし甘いものが大好きだったら、オレはとっくにその甘さで窒息して、苦しくなって、ここにはいられなかったのかもしれない。
「甘いものが苦手」─
─きっと神様が、オレがトレイの横で生きていけるようにあえてそうしてくれたんじゃないかな。なんてね。
 今は甘い匂いじゃなくて、トレイの匂いがする。この匂いの中で、もうすこし眠っていたい。
​ ……ねぇトレイ。オレの唇に、眠れるおまじないをくれない?




 

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