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タイトル未定
隣に座っていたケイトがスマートフォンをソファに放った。ぼふっと軽い音がして、すこし跳ねた。
「オレ、本当はこんなに生きる予定じゃなかったんだよね」
トレイは口をぽかんとあけてケイトを見つめた。なにを言い出すのかと思った。予定? 予定とはどういうことだろう。一体どんな予定を立てていたのだろう。その先を尋ねてもいいのだろうか。言葉を選びながら、トレイはおそるおそる問いかける。
「……どこまでの予定だったんだ」
「あー、24ぐらい?」
ポテトにはチリソースかな、とでも言うような気軽さで、ケイトはとうに過ぎた数字を何もためらいもなく口にした。24。24は、ふたりが付き合い始めた年令だった。ふたりで生きてきたおよそ三年ほどのあいだ、いやそれよりもずっと前から、命の終わりをつねに望みながらケイトは生きてきたのか。それとも。
トレイは動揺を隠せなかった。さすがにこの歳にもなると、人の一生について考えさせられる機会は多々あれど、二十年そこそこで人生が終わる予定だった、などというような言葉に出くわすことは一度だってなかった。
「いや、なんかそこまで年取りたくないなって思ったんだよね。やりたいことやったらもういいかな、みたいな?」
まだ見ぬ老いに思いを馳せる。当たり前にできたことができなくなる。大切にしていた何かが、否応なしに記憶からこぼれ落ちていく。きっとそれは、気が付かないほどゆるやかに。そしてそんな自分はもはや自分ではないから、そうなってまで生きていくことに意味を感じないのだとケイトは言った。人の世話になって生きるのも嫌だから、とも。それにしたって24は早すぎるのではないかとトレイは思ったが、
「ま、一理あるな」
「あれぇ、トレイくんは正反対なのかと思った」
予想外の肯定をして、ケイトを驚かせた。
「家族に囲まれて死にたそうじゃん」
「ケイトが手を握っててくれればそれでいいさ」
「なんでオレが看取ることになってんの」
はは、と笑うトレイにすこし不服そうな眼差しを向けてから、顔を逸らした。
「まぁ、そう思ってた、ってだけだから」
別に心配しなくていいよ───そう言って、ケイトは再びスマートフォンを手に取った。
心配するなと言われて、はいそうですか、となる人間がどこにいるんだ。トレイはそう言いかけて、やめた。飲み込んだ言葉の代わりに、自分よりも華奢なからだをそっと抱き寄せた。恋人は、数秒前まで人生の終わりについて話していたなんてわからないような顔で、四角い画面に流れるいくつもの写真を眺めている。
とりあえず予定変更だ。何年、いや何十年とかかる予定を提案したい。かといってドラマチックな展開を期待されても困ってしまうが、それぐらいに永い理由を与えさせてほしい。ケイトにも、自分にも。
もういいかどうかを決めるのは、それからでもきっと遅くはないと思うのだ。
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