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この世で赤いもの
坊主のお言葉は、必ずしも有難いモノだとは限らない。今しがた聞かされた言葉の意味が全くもって理解できず、悟浄は目の前の金髪生臭坊主に掴みかかり声を荒げた。
「あいつに生きるよう言ったのはてめェじゃねーか!」
三蔵は悟浄の狼狽もお構いなしに、冷ややかに言い放つ。
「言った筈だ。神は誰も救わんと」
───無慈悲なもんだ。
あの日助けた、猪悟能は死んだのだ。こんなに愕然としている事に自分でも驚いている。本来ヤロウがどうなろうと知ったこっちゃないが、事情が、まるで違う。悟浄は三仏神とやらについてはよく知らないが、あの優男の事、情状酌量かなんかで重罪は免れるんじゃないか?ぐらいには思っていたので、その期待がたやすく裏切られた事も悟浄のショックに拍車をかけた。やっぱ神や仏なんざいねぇんだな、と思った。
その男との生活は、ガラでもないが心なしかやわらかい日々だったように思う。この赤い色に囚われている自分を縛り付けてきた観念めいたものが、ほんの少し肯定されたような気がしたから。一瞬だけ感傷に浸ってから、煙草の煙と一緒にまるごと空に飛ばした。
まぁそんな事、口が裂けても言えねぇなと悟浄は自嘲したが、聞かれたくない相手はもうこの世にいないらしかったので、いらぬ心配かと笑いが込み上げた。
「美人にフラれたのは二度目だぜ」
髪を切った。風呂の時間が短くなった。面倒な手入れも必要なくなって、悟浄は案外気に入った。久々に賭博場に顔を出すと、最近知り合った客から顔の傷について聞かれたりもするが、「こないだ捕まえた美人の爪の跡」とだけいってごまかした。特に何も変わらなかった。
───変わったと言えば、何人かのけったいな野郎共とお近付きになれた事ぐらい、ってか。
珍しく、昼の手前に家を出た。賑わう屋台。顔なじみの店の豊富な品揃えの中で、ひときわ目を引く鮮やかな林檎。同居人がいた頃は冷蔵庫の中身も整っていたのだが。今日の昼飯代わりだ。
すっ、と傍らに伸びる影。悟浄の持っていた林檎をそっと取り上げた。
「…綺麗な赤ですね、悟浄」
その赤を片手に穏やかな笑みを浮かべる優男の眼差しに、悟浄は一瞬目を疑うもすぐに表情をゆるめた。午後の予定が変わったので、林檎は4つ買う事にした。
* * *
道すがら。
「・・すみません、驚かせてしまって」
「ちゃんと足ついてるって事ぁ、ホントに生きてんのな」
「えぇ、お陰様で」
「今までどこいたんだよ」
「ああ、えっと・・慶雲院の一室に居させていただいてるんです」
「んだよ、知らなかったのは俺だけか・・あ〜〜〜〜あのクソ坊主、ただじゃおかねぇ・・」
「まぁまぁ、こうしていられるのも三蔵さんのお陰なんですから。それより悟浄、痩せました?ちゃんと食べてます?」
「あ?いやまぁー、ね」
「家の事もやってないんでしょう」
「・・・」
「ゴミ出しとか」
「それはなんつーか、テキトーに・・」
「(大丈夫かなこの人)」
「・・ウチくれば?」「え?」
「部屋そのまま使えっし。どーせ行くアテねぇんだろ」
「・・・・しょうがない人ですねぇ」
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